ものつくり大学 技能工芸学部 建設学科 小野 泰教授によるコラム②

Print page

 日本のすまいを説明できますか

新型コロナウイルス感染症が昨年5月8日から「5類感染症」に移行して1年が経過し、今年3月のインバウンド需要でも訪日外国人観光客はコロナ禍前の2019年2月の66%の水準まで回復してきました1)。訪日外国人の観光目的は様々ですが、その一つに、和食がユネスコの無形登録文化遺産に登録されたことから日本食を楽しむ方々がいます。皆さんも和食は子供の頃から親しんでいるので、和食のメニュー、素材、作り方は、大雑把にでも外国人観光客に説明することができるでしょう。

同じユネスコの無形登録文化遺産に、2020年12月17日「伝統建築工匠の技 木造建造物を受け継ぐための伝統技術」が登録されました。社寺建築を専門とする宮大工や左官職人らが古くから継承してきた次の17分野です2)

1.建造物修理   2.建造物木工

3.檜皮葺・杮葺    4.萱葺

5.檜皮採取    6.屋根版製作

7.茅採取    8.建造物装飾

9.建造物色彩   10.建造物漆塗

11.屋根瓦葺(本瓦葺)

12.左官(日本壁)    13.建具製作

14.畳製作    15.装潢修理技術

16.日本産漆生産・精製

17.縁付金箔製造

写真は京都西本願寺の唐門です。形式は四脚門で、屋根の造りは、門の前後は唐破風造り、側面は入母屋造りの檜皮葺の屋根になります。唐門は雲と麒麟、牡丹、唐獅子、竹と虎などの彩色彫刻が施されており、その彫刻の見事さに日が暮れるのも忘れて見入ってしまうので、日暮門とも呼ばれています。この唐門は2022年2月に40年ぶりに全面修復された姿を見せました。寺院エリア内の大きな御影堂や阿弥陀堂とは違いますが、17の伝統建築工匠の技が惜しみなく使われています。

【西本願寺 唐門】

さて皆さん、外国人観光客に対して日本の社寺建築を説明することができますか?それは相当に難しい事だと思います。なぜ難しいか?それは普段の暮らしの中で毎日接するものではないからだと思います。その意味では和食も日々三食摂るものでもないので、今では説明が難しいかもしれません。

和食にしても社寺建築にしても、皆さんにとって身近なものであれば、ある程度は説明できると思います。社寺建築より身近な木造建築物の一つに木造住宅があります。もう一つ、これは世代によってかなり違うと思いますが、私の小学校時代の校舎は木造平家建てで、教室の壁も床も天井も無垢の木材が使われており、窓も扉も木製の建具で、窓は格子状の桟木で30㎝四方の板ガラスを挟み込んでいました。ガラスが割れたらそこだけ取り替えます。窓の鍵は真鍮製のグルグル回す物で今では見かけることもありません。終業後の掃除の際、床の縁甲板相互の隙間に溜まるゴミを掃き出し、長い廊下と共に雑巾掛けをしました。校舎の横には木造の講堂が建っており、講堂の床も壇上にあがる3段ほどの階段も綺麗に雑巾掛けをしました。木造校舎が身近にあったので半世紀以上前のことでも説明できます。

【埼玉県立深谷商業高等学校記念館 改修前(2004.12.3撮影)】

同じように日本の住まいはどのように説明することができるでしょうか?

例えば、木造住宅とした時は、

①材料の選択と加工

木材は、木目の美しさと温かみが建物に独特の雰囲気をもたらします。木造住宅に使われている木材は、スギ、ヒノキ、マツやヒバ等の針葉樹です。針葉樹は軟木とも言われ加工しやすいのが特徴です。柱や梁は鉋や鑿で刻まれ、規矩術による伝統的な継手・仕口により組み合わされます。木割りにより建物全体が調和を保ち、バランスの取れた外観・内観が構成されます。

②柱と梁の配置

木造住宅の代表的な工法は、昔から続く在来軸組工法で、柱と梁が重要な役割を果たします。柱と梁の配置は基本的に田の字を造るように架構が組まれます。

③屋根の形状と材料

住宅屋根の形状は様々で、よく見られるのは切り妻屋根や寄棟屋根です。屋根形状は住宅の規模や用途によっても変わります。また、周りの住宅や風景に調和させることも大切です。伝統的な屋根葺き材は日本瓦(和瓦)ですが、窯業系のコロニアルやガルバリウム鋼板も使われます。

④和室・縁側・濡れ縁

今の木造住宅にはほとんど見られません。戸建て住宅であっても和室が1部屋あればいい方です。縁側・濡れ縁も皆無で、リビングの掃き出し窓を開けると直ぐに外部です。個室が多くなった今の住宅と違い、和室に接する縁側は障子で仕切られ、続き間の和室はふすまで仕切り、冠婚葬祭時など必要に応じてふすまを外せば大きな空間ができます。縁側に続く外部には濡れ縁が設けられ、近所の方たちの談義や娯楽の場になったりします。

【民家の続き間と縁側】

⑤自然との調和

昔の木造住宅は高温多湿の夏期を如何にして過ごすかで建てられていました。南面の開口から風を取り入れ、軒の出やけらばの出を大きくし、窓上には庇を設けることで、直射日光が部屋に届くことを防ぎます。冬場はどうでしょうか。部屋と外の間には縁側があるので冷気が直接部屋に伝わることはありませんが、部屋ごとの暖房や厚着して過ごすなどの工夫で乗り切ってました。住宅内の温度差がヒートショックを招くこともありました。このような住環境が改善されるきっかけとなったのは、1970年代の2度のオイルショックとそれを受けて1980年に施行された省エネルギー基準です。住宅の高気密・高断熱化は1980年代半ばくらいからはじまっていますし、パッシブハウスやソーラーシステムによるZEH(ゼロエネルギーハウス)住宅も推奨されています。年間を通して一定の住環境を造ることが、今の家づくりの一つになっています。その傾向を示すのが次の写真です。建物の外皮を基準としたエネルギー評価に対応するため開口部面積は小さくし、外光が部屋の奥まで届くよう縦長の窓になっています。その窓には庇もありません。昔とは全く違う家づくりです。

【今の家づくりの例】

日本の木造住宅は、自然と調和することが重視されてきました。自然素材である木材を使った住宅は、人々に心地よさと安らぎをもたらします。木造建築の美しさと持続可能性は、現代でも注目されており、新たな技術と伝統的な知識を融合させて、未来の木造住宅を創造して欲しいと思います。

国交省の取り組みに「和の住まいの推進3)、※4)」があります。これは、住文化の良さの再認識、伝統技能の継承と育成、伝統産業の振興・活性化等を図っていくことを目的とした事業です。現存する「和の住まい」であれば、耐震性・耐久性・居住性を見直し、より長持ちする家にして欲しいと思います。新築であっても「和の住まい」の良さとZEHの考え方を融合させて、ZEH一辺倒の家づくりに走らないでもらいたい。「和の住まい」もZEHも日本の住まいですが、なるべくなら「日本の家はこれです」と訪日外国人観光客に「和の住まい」を説明してもらいたいです。

[参考]

1:https://diamond.jp/articles/-/322761

2: https://www.bunka.go.jp/tokei_hakusho_shuppan/shuppanbutsu/bunkazai_pamphlet/pdf/92793901_01.pdf

3:https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/jutakukentiku_house_tk4_000078.html

4: https://www.mlit.go.jp/common/001409377.pdf